あれは、結婚式まであと2カ月を切った頃でした。
ドレスの仮縫いも終わり、招待状の返事も揃い始め、全てが順調に進んでいると思っていたのです。
婚約者である勇介(仮名)も、ここ最近は仕事が忙しいながらも優しく、私を気遣う言葉をかけてくれていました。
それなのに、あの日を境に、彼がどこか落ち着かない様子を見せ始めたのです。
いつもと違う彼の雰囲気
深夜、キッチンで水を飲もうと目を覚ました私は、リビングのソファでスマホを睨む彼の姿を見つけました。
いつもならベッドで一緒に寝ているはずなのに。
声をかけると、驚いたようにスマホを隠し、「眠れなくて…」と慌てた様子でした。
そのぎこちなさは、確実に何かを隠している証拠に見えました。
光るスマホ画面に浮かぶ一行
翌日、彼がシャワーを浴びている間、テーブルに置かれたスマホ画面がふと点灯しました。
見てはいけないと思いながらも、自然と目が行ってしまいます。
そこに残っていたのは深夜に送られた一行のメッセージ。
「今夜も、あの子を頼むよ。」宛先は、私には全く覚えのない女性の名前でした。
見た瞬間、胸が冷たく痺れるような感覚が走ります。
誰に、何のために送るメッセージ?
「あの子」とは誰なのか?その女性は何者なのか?
結婚前にこんなメッセージを送る理由がどこにあるのか、頭の中で疑問が渦巻きました。
浮気なのか、借金や秘密の取引なのか、最悪の想像ばかりが膨らんでいきます。
でも、証拠が不十分なまま彼を問い詰めても、言い逃れされるだけかもしれません。
証拠確保と専門家への相談
私は冷静になるため、すぐにスマホの画面を写真に収めました。
そして翌日、ひそかに探偵事務所へ相談に出向いたのです。
結婚前とはいえ、既に両家顔合わせも済ませ、様々な費用もかかっています。
万が一、裏切り行為であれば法的手段も視野に入れねばならないと考えました。
探偵は慎重に動き、彼の行動パターンを洗い出し、その女性が何者なのか調べ始めました。
数日後、浮かび上がったのは、彼が深夜に密かに送っていたメッセージが「不正な情報やり取り」に関与している可能性。
何と、それは金銭を巡る不審な取引──いわゆる裏口就職斡旋や、違法な副業仲介の噂でした。
詰め寄った私が突きつけた“問い”
事実が見え始めたとき、私は彼をリビングに呼び出しました。
目の前に立つ彼に、深夜のメッセージの写真と探偵から得た情報を突きつけ、「これ、どういうこと?」と問いかけます。
彼は最初、しどろもどろになりながら、「お金が必要だった」「家族のため」と言い訳を並べましたが、その言葉は浮き足立っていました。
婚約者が語った真意と私の決断
追及を続けるうち、彼はようやく白状しました。
彼は職場で昇進に必要な「裏口リスト」の噂を聞きつけ、怪しい仲介者に金を払えば人事を動かせるという闇取引に手を出そうとしていたのです。
「あの子」というのは仲介者が紹介してきた架空の“人質”のような存在──人事担当と繋がる架空のコネを持つ人物らしかったのです。
私は呆然としました。浮気でなくとも、これは裏切りです。
彼は私や家族、これから築くはずだった生活を欺いて、不正な手段で出世しようとしていた。そんな男と人生を共にするなんてできません。
泣きたくなる気持ちを抑え、私は冷静に告げました。
「あなたとは結婚できない。両家にも正直に話すし、招待状もすべてキャンセルする。」
彼は必死に謝罪し、「もうやめるから」「このまま結婚したい」と縋りましたが、私の決意は揺るぎませんでした。
あの怪しい深夜のLINEをきっかけに、私は彼の本質を知ることができました。
幸い、式前だったことが不幸中の幸いでしょう。
今、私は再び自分の人生を見つめ直し、信頼できる人間関係を築くために歩み出しています。
彼が結局何を失い、何を得たのかは知りません。ただ、私にとってその一行のメッセージは“目覚め”だったのです。